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教育委員会のしくみの説明と教育委員の紹介をいたします。
鶴岡市教育委員会「事務事業の点検・評価報告書」
各地域庁舎分室教育課学校教育班が教育委員会本所(櫛引庁舎)に移転しました。

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教育委員会のしくみと教育委員の紹介。


 教育委員会の制度やしくみについての説明と鶴岡市教育委員の紹介をいたします。(PDF 174.6KB)



クリックすると鶴岡市観光連盟の致道館のページにジャンプします。

 鶴岡市トップページにあります教育委員会専用バナーの写真は「史跡旧致道館」です。

 史跡旧致道館は、文化2年(1805年)に、庄内藩の財政再建と士風の刷新を図り、藩政を立て直すために創立されました。その後明治6年(1873年)に廃校となるまでの約70年の間、庄内教学の中心となっていました。
 当時の幕府は朱子学を正当な学問とし、各藩はこれに従っておりましたが、致道館は「学問の目的は世を治め、民生を豊かにする」と説く徂徠学を取り入れ、知識の詰め込みを排し、自学自習、個性の伸長を重視した学風でした。
 史跡旧致道館は、藩士の子弟が学ぶ学校で、小学校に当たる「句読所」、中学校に当たる「終日詰」、高等学校に当たる「外舎」、大学に当たる「試舎生」と大学院に当たる「舎生」の五段階に分かれており、合わせて三百数十名の生徒が学んでいました。
 ここでは、数えの10歳で「句読所」に入学し、年に数回の「学力調べ」の成績次第で年齢に関係なく進級・進学できました。「句読所」では先生の指導に従い、「終日詰」以上の学生は「自学自習」を旨とし、生徒たちが討論し学びを深める「会業」も重視されていました。また、卒業すると能力や性質にふさわしい役人に取り立てられていました。
 致道館は江戸時代から明治にかけて、全国各地に260校近くありましたが、藩校建造物の面影を今に伝えるのは、東北では鶴岡市の致道館だけです。
 昭和26年6月9日には、国の史跡に指定されています。

 ここで培われた教育の伝統は人づくりの環境、教育を重んずる風土となって鶴岡に受け継がれ、多くの人材を生み出しています。

    
         手をつないだ子どもたちの絵

【鶴岡市教育委員会】
鶴岡市役所 櫛引庁舎
最終更新日 : 2011年12月1日

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